大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(行ワ)257号 判決

原告

財団法人半導体研究振興会

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和56年9月1日、昭和56年審判第3643号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は昭和47年7月10日、昭和39年11月12日出願の特願昭39―64040号(以下「原々出願」という。)から昭和40年5月5日に分割出願した特願昭40―26288号(以下「原出願」という。)からの分割出願として、名称を「光の伝送装置」とする発明につき特許出願(昭和47年特許願第68904号)をし、その後昭和47年11月13日付手続補正書、昭和51年2月2日付手続補正書、昭和54年4月9日付手続補正書によりそれぞれ手続補正に及んだが、昭和54年4月9日付手続補正については、昭和54年11月20日却下の決定があつて確定し、更に昭和55年12月17日、昭和47年11月13日付手続補正による特許請求の範囲記載のとおりの発明(以下「本願発明」という。)について拒絶査定がされた。

そこで、原告は昭和56年3月4日審判を請求し、昭和56年審判第3643号事件として審理された結果、同年9月1日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同月19日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  屈折率の大きい透明ガラスと屈折率の小さい透明ガラスとより成る光伝送路にして固体拡散法により前記伝送路の軸線に対し直角方向に連続的に変化する屈折率分布を有する如く構成したことを特徴とする光の伝送装置。

(2)  前記光伝送路を可撓性としたことを特徴とする前記特許請求の範囲第1項記載の光の伝送装置。

(別紙図面参照)

3  審決の理由の要旨

(1)  本願は、1記載のとおりの経過で出願の分割を主張してなされたものであつて本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

なお、昭和54年4月9日付でした手続補正は、同年11月20日付で補正の却下の決定がされ、確定しているので審理しない。

(2)  本願発明の出願につき、原査定では出願の分割の要件を満たさないので出願日の遡及を認めないとし、特公昭45―30648号特許公報(以下「第1引用例」という。)、特公昭47―816号特許公報(以下「第2引用例」という。)、特公昭47―819号特許公報(以下「第3引用例」という。)、特公昭47―821号特許公報(以下「第4引用例」という。)、特公昭47―822号特許公報(以下「第5引用例」という。)、特公昭47―823号特許公報、特公昭47―824号特許公報を拒絶理由に示して拒絶した。

(3)  そこでまず、本願が出願の分割の要件を満たしているか否かにつき検討する。

原出願は、審判係属中に出願公告され(昭和46年8月25日出願公告、特公昭46―29291号)、その後特許異議申立により拒絶の審決がされたものであつて、その明細書及び図面には、屈折率の大きな透明固体と同じく小さな透明固体の材料でできた光伝送路であつて、その屈折率が伝送路の軸線に直角の方向に連続的に変化している光伝送装置、およびその製法につき、屈折率の高い材料で心線を作り、これをしかるべき雰囲気中で熱処理するもの、心線の外に一重、又は二重に層をおおわせて拡散させるもの、ならびに二重になつた溶解炉を用いるものの4種の方法をのべているが、その材質の選択については何等の記載がない。一方、本願明細書では、この材質をガラスであるとし、かつ同明細書中でガラスの修飾酸化物と屈折率の関係を論じ(出願時のものの第7頁末行以降)、硼酸ガラスとそれに酸化鉛を加えたものの組合せの外、各種の具体的事例を記載している(同第8頁第2行ないし第9頁第18行)。

そこで、本願発明と原出願中に記載された発明を比較するに、透明固体材料としてガラスを用いる旨の発明の開示は、原出願には全くなかつたので、本願発明は原出願に含まれた発明の一部を分割したものとは認められず、特許法第44条第1項の規定に反するので、同条第2項の出願日の遡及は認められない。また、本願が原出願の分割と認められない以上、原々出願につき審理する必要はない。したがつて、本願発明の出願の日は、昭和47年7月10日であると認められる。

(4)  原査定の拒絶理由を検討するに、第1引用例には、透明材料からなる光伝送路であつて、その軸線と直角方向に屈折率が連続的分布をし、内部の屈折率が大、外部の屈折率が小のものを作成するに当り、その材料にガラスを用い、それをしかるべき雰囲気又は真空中で熱処理して修飾酸化物を固体内で拡散させるものが記され、また第2引用例、第3引用例には,浸漬加熱による固体拡散法が、第4引用例、第5引用例には、溶融塩に浸漬する固体拡散法が記されているので、本願発明はこれら一連の発明と同一であると認められ、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し特許できない。

4  審決の取消事由

審決は、本願発明と原出願中に記載された発明との比較の上で、透明固体材料としてガラスを用いる旨の発明の開示は原出願には全くなかつたので、本願は原出願に含まれた発明の一部を分割したものとは認められない、としているが、この判断は誤りであり、違法であるから、取消されねばならない。

(1)(1) 原出願の発明は、その特許請求の範囲に記載のように「屈折率の大きい透明固体材料と屈折率の小さい透明固体材料とよりなる光伝送路にして、該伝送路の軸線に対して直角方向に連続的に変化する屈折率分布を有することを特徴とする光伝送装置」を要旨とする発明であり、この発明でいう光伝送装置が従来のオプテイカルフアイバー(別紙図面第1図に示す如きクラツド型のオプテイカルフアイバー)の改良であることは、その明細書の記載から明らかである。すなわち、原出願の発明は、従来のグラツド型のオプテイカルフアイバーに対して、別紙図面第2図及び第3図に示すように直角方向に連続的に変化する屈折率分布をもたせることによつて優れた効果を有する光伝送装置を見出したのである。

原出願の発明は、この光伝送装置のための材料として透明固体材料なる表現を用いているが、オプテイカルフアイバー等の光学系の分野ではガラス等の材料を透明物質と表現するのが原出願当時から一般的であつたので、その材料を表現するに際して、ガラスを含めた材料の一般的表現として透明物質と類似の透明固体材料なる表現を用いたものであり、特に固体なる表現を用いたのは、透明体には気体や液体のものがあり、ガスレンズの如く気体の光伝送装置も存在するので、これらとの区別を明確にするためである。

(2) 連続的に変化する屈折率分布を有するガラスよりなるオプテイカルフアイバーは、第1ないし第5引用例の出願日より2年以上前に発行された刊行物に本願発明者の1人等によつて発表されており、一般にガラスの屈折率を変えるのに修飾酸化物を用いることは原出願日より前に周知のことであるから、ガラスの屈折率を変えるために修飾酸化物を用いることは当業者の容易に了解できるところである。

またガラスの屈折率分布を変えるには、修飾酸化物の分布を変えることによるのみでなく、原出願の明細書記載のように、屈折率の大きい透明固体材料に硼素等を熱拡散することによつても可能である。更に、原出願の明細書には、屈折率の大きい透明固体材料を屈折率の小さい透明固体材料で覆つて拡散することが記載されており、透明固体材料をガラスに限定した場合、ガラスの屈折率を変えるのに従来周知の修飾酸化物が用いられることは十分に理解できることである。したがつて、原出願には、ガラスについての発明の記載があつたというべきである。

(2)(1) 更に、原出願の明細書中には、その発明の光の伝送装置の形成方法として、屈折率の大きい透明固体材料を溶解炉の中で溶融し、ノズルから引き出した後、硼素や燐を含む雰囲気炉の中を通して熱処理を行えば、屈折率の大きい透明固体材料に硼素や燐が、外側から軸線に向かつて均一に拡散する方法や、屈折率の大きい透明固体材料を溶解炉の中で溶融し、ノズルから引き出して心線を作り、その外側を屈折率の小さい透明固体材料で覆い、拡散等で2種の透明固体材料を互にドーブする等の方法が挙げられており、これらの方法を例示的に選択していることは、透明固体材料としてガラスを用いた場合を主にしていることを示すものに外ならない。

(2) 「硼素や燐を含む雰囲気炉の中を通して熱処理を行えば屈折率の大きい透明固体材料に硼素や燐が外側から軸線方向に向かつて均一に拡散する」現象は、ガラスにおいても、生じ得る現象である。

まず、「Japanese Journal of Applied Physics(日本応用物理学会誌)」第1巻第6号1962年12月号第314ないし第323頁(甲第11号証)は、「酸化膜を通してのボロン(硼素)のシリコン(珪素)中への拡散」と題する論文であつて、石英ガラスと同一組成であるSiO2中をボロンが熱拡散することが記載され、そこに記載された式を用い計算すると、直径50μmの心線に対し、硼素が10μm拡散するのに必要な時間は、1500℃のとき20日、1600℃のとき6.2日となるが、気相中の硼素の濃度が高いときにはこの時間は更に短くなり、十分実施可能な値である。

更に、「The Physics and Chemistry of Solids. an lnternational Journal(固体の物理と化学、国際誌)」第11巻、1959年、第288頁ないし第298頁(甲第14号証)は、「シリコン酸化膜中の燐の拡散」と題する論文であつて、そのアブストラクト部(第288頁第1行ないし第12行)の記述から明らかなように石英ガラス(SiO2)中の燐の拡散が実験的に求められており、そこに記載された式を用い、直径50μmの石英ガラス(SiO2)中への燐の拡散が10μmに達する時間を求めると次のようになる。

1400℃のとき1.7日、1500℃のとき23時間、1600℃のとき13.7時間。これらの値は、燐の石英ガラスの中への拡散も十分実施可能であることを示している。

以上の説明から、硼素や燐がガラス中に拡散することや、これらの拡散が実施可能な範囲内で生じ得ることは明らかである。

第3被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決取消事由についての主張は争う。

3  審決の判断は、正当であつて、原告主張のような違法の点はない。

(1)(1) 審決は、透明固体材料にガラスが含まれることを否定するものではなく、むしろ透明固体材料からガラスの発明を分割するためには、ガラスの場合屈折率分布を変えるのにどうしなければならないかを原出願に具体的に記載すべきであるのに、その記載がないので、本願は原出願の分割ではないというにある。

原出願においては、透明固体材料につき拡散法を採用する旨の記載はあるが、透明固体材料としてガラスを例示してすらいない。

一方本願発明の明細書では、ガラスの修飾酸化物と屈折率の関係を論じ、かつ各種の具体的事例を記載している。しかし、従来屈折率分布を持たせる光学系としてはマグネシアーアルミナースピネルしか知られておらず、ガラスにつき修飾酸化物を変えれば良い旨の発明は、第1ないし第5引用例が最初であることは社会的に認められており、本願発明者が原出願の時点でそれを発明し、かつ出願していたとはいえない。

ところで、透明固体材料をガラスに限定した場合、この修飾酸化物の分布を変えることが発明を実施する上で必要なことであるから、この点の記載のない原出願にガラスについての発明の記載はなかつたというべきである。

(2) 原告は、オプテイカルフアイバー等の光学系の分野ではガラス等の材料を透明物質と表現するのが原出願当時一般的であつた旨主張するが、それは、屈折率が一つの面で急激に変化するクラツド型の従来ガラスで作られていたオプテイカルフアイバーについていえることであつて、本願発明の屈折率が連続して変化するグレーデツド・インデクス型のオプテイカルフアイバーについていえることではない。

(2) 原告主張の原出願明細書に記載された伝送装置の形成方法は、ガラス以外の透明固体材料についても等しくいえることであつて、透明ガラス独特のものではないから、これらの記載があるからといつて、ガラスに特定できる発明があつたことにならない。

更に、右伝送装置の形成方法のうち、「硼素や燐を含む雰囲気炉の中を通して熱処理を行えば屈折率の大きい透明固体材料に硼素や燐が外側から軸線方向に向かつて均一に拡散する」現象は、ガラスにおいては考えられないことである。硼素は珪素と共にガラスにおける基本骨格を作る元素であるから、これが熱によりガラス内を拡散するということは原則としてありえない。

原告主張の刊行物は、シリカ中に硼素や燐を拡散したりガラス化したりする量を測定するものであつて、ガラスおよびガラスによる光伝送装置とは無関係である。右のシリカの状態は薄膜であり、共にガラスとしてのシリカに関するものでないから、原出願明細書にガラスが記載されていることの根拠とはならない。

原出願明細書(出願公告時のもの)は、本願のタイプのフアイバーにつき太さ100μmと記載している(甲第3号証の1、公報第3欄第39行)。原告は「直径50μm」として計算しているが、この50という数値は明細書に無関係である。太さを100μmとした時必要な時間は4倍になるので、その数値は次の通りでなければならない。

硼素 1500℃ 80日

1600℃ 24.8日

燐 1400℃ 6.8日

1500℃ 3.8日

1600℃ 2.3日

第4証拠関係

1  原告

甲第1号証、第2号証の1・2、第3号証の1ないし3、第4号証、第5号証、第6号証の1ないし5、第7号証ないし第14号証提出。

2  被告

甲号各証の成立を認める。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第3号証の1によれば、原出願の発明の要旨は、その特許請求の範囲記載のとおり「屈折率の大きい透明固体材料と屈折率の小さい透明固体材料とよりなる光伝送路にして、該伝送路の軸線に対し直角方向に連続的に変化する屈折率分布を有することを特徴とする光伝送装置。」であつて、別紙図面第1図に例示されている従来公知のクラツド型のオプテイカルフアイバーを改良し、別紙図面第2図及び第3図に示すような直角方向に連続的に変化する屈折率分布をもたせることによつて、グラツド型のオプテイカルフアイバーにない優れた効果を発揮するいわば連続変化型のオプテイカルフアイバーであることが認められる。

ところで、本願発明におけるオプテイカルフアイバーの材料は、本願発明の要旨に記載のとおりガラスであるが、前掲甲第3号証の1によれば、原出願の発明では、上記オプテイカルフアイバーの材料として透明固体材料という表現のみが存し、上記透明固体材料にどのような物質が含まれているかについては全く記載されていないことが認められる。

しかしながら、原出願の発明はクラツド型のオプテイカルフアイバーの性質を改良することを目的として、屈折率分布を連続的にした発明であるが、そのために、特に透明固体材料の選択に工夫をした発明でないことは明らかであるから、当該技術分野における通常の技術的知識を有する者であれば、原出願の明細書に記載された透明固体材料は、先行技術のクラツド型のオプテイカルフアイバーに使用されていた透明固体材料をそのまま使用するものとして理解しうると認めるのが相当である。そして、従来クラツド型のオプテイカルフアイバーの材料としてガラスも使用されていたことは当時者間に争いがないから、原出願の発明における透明固体材料はガラスを含むことが開示されていたというべきである。

2 この点に関し、被告は、連続変化型オプテイカルフアイバーの透明固体材料をガラスに限定した場合、修飾酸化物のガラス中の濃度を連続的に変化させなければならないが、このようなことは原出願日当時には全く知られていなかつたことであるから、この修飾酸化物の分布を変えるこが発明を実施する上で必要であるのに、原出願にはその記載がない旨主張する。

しかしながら、前掲甲第3号証の1によれば、原出願の明細書には拡散現象を利用した4種類の連続変化型オプテイカルフアイバーの製法が記載されており、特に、「第4図は製造法の一例を示すものである。7は屈折率の大きい透明固体材料であり、これを溶解炉8の中で溶融し、下側のノズル9から引き出す。その後硼素や燐を含む雰囲気炉10の中を通して熱処理を行えば、屈折率の大きい透明固体材料7に硼素や燐が、外側から軸線に向かつて均一に拡散する。この結果、屈折率分布が軸線に対して直角方向に連続的に変化する光の伝送装置を形成できる。」旨記載されていることが認められる。そして、成立に争いのない甲第11号証、同第14号証及び弁論の全趣旨によれば、硼素(ボロン)は石英ガラスと同一組成であるSiO2中を熱拡散し、1500℃ないし1600℃の高温状態においてもその実施が可能であること、また燐も石英ガラス中を熱拡散し、直径50μnの石英ガラスフアイバーに対し燐が10μm拡散するのに必要な時間は、1400℃のとき1.7日、1500℃のとき23時間、1600℃のとき13.7時間であつて実施可能であることが認められる。

したがつて、原出願の明細書には、透明固体材料としてガラスを使用した場合当該技術分野における通常の技術的知識を有する者において実施することができる程度に連続変化型オプテイカルフアイバーの製法が記載されているというべきである。そして、上記の方法によつてガラスの屈折率分布を変えることができる以上、被告主張のように修飾酸化物の分布を変えることが本願発明の連続変化型オプテイカルフアイバーの製法に欠くことのできない事項とは認められない。

3  以上に検討したとおり、原出願には、連続変化型オプテイカルフアイバーの透明固体材料としてガラスを用いる旨の発明が開示されていたというべきであるから、原出願にその旨の発明の開示が全くなかつたので、本願は原出願に含まれた発明の一部を適法に分割したものとは認められないとした判断は誤りであり、これを理由に原出願日への遡及を否定し、本願発明が原出願日以降の刊行物である第1引用例ないし第5引用例と同一であるとした審決は、違法であるから、取消されるべきである。

4  よって、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判定する。

(舟本信光 竹田稔 水野武)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例